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2020-10-20信州の霧ヶ峰

我が心の地:霧ヶ峰の追憶【山小屋はいつでもヘッセと供に】


※ヒョウモンチョウの影がハート型になって、ちょっと面白い一枚。

 

夏の高原への旅は僕の定番。でもけっきょく今年も行けず。。でも、この『旅ブログ」がある! その「気分」、その「匂い」、その「イマジネーション」だけでも触れられる。
一年なんていうのは、あっという間だ。と同時に、短い夏も。。

 

だからこそ複数年を、ブログを通して一つのテーブル上に置けると、充実した「夏の流れ」を振り返られる。

 

今回は、ちょっとノスタルジーを感じられる以前に書いた過去ログを通して、「夏と高原と山小屋」をインスパイアしてみたい。

 

◇ ◇ ◇

 


10月も、もう後半。秋から冬への気配が、この東京にも少しずつしのび寄ってくる。でも、晴れた日の太陽の光は、まだまだ力強い。
こんな時期にふっと感じるのは、過ぎ去った「夏の余韻」。

 

夏とは開放された意識のスタイル。そして、喜びに溢れた季節の象徴。
一年中感じていたい♪
しかも、赤道直下の「南の島」をプロモーションしている身。いつでも「夏」にシフトチェンジできる^^

 

そんな中、知り合いのHさんの日記にこんな素敵なフレーズがあった。
自分の中では不思議なタイムリーさがあったので、一部抜粋させてもらおう。

 

ヘッセってRockの人には人気だと思う。steppen wolfだってヘッセの「荒野の狼」から取ったはず。カルマンマキ&OZの「火の鳥」には、『傍に置いたのはヘッセの詩集』という歌詞がある。
ヘッセの詩集じゃなきゃだめなんだよね、あのくだりは。。

 

ん~、ヘッセとRockを結びつけるとは・・・。とっても鋭い感性だと思う。
実は僕の一番好きな作家、一番影響を受けた作家、一番復活できた作家が、このヘッセなのだ。

 

思えば、以前足を運んだ藤原新也氏の写真展で、「ハッ!」と想った写真があった。
中学生ぐらいの少年が、橋の手すりに寄りかかって本を読んでいるモノトーンなシーン。
タイトルは、『一心にヘルマン・ヘッセを読んでいた、あのころ』とあった。

この写真と言葉、、氏の斜めに視点を構え、本質を鋭くエグリ取るような他の作品や言葉とは違い、とてもナチュラルにストレートだったので、その日の展示ではひときわ印象に残ったのだった。

 

「ヘッセと少年」・・・。もうその組み合わせだけで、痛いほど心に突き刺さってくる。まるで自分の少年時代が重ね合わさったように・・・。
一番好きだったのは「デミアン」だったな。

 

そしてHさんの日記には、一編の有名な詩が引用されていた。

 

階 段  ヘルマン・ヘッセ

 

花がみなしぼむように、
青春が老いに屈するように、
一生の各階段も知恵も徳もみな、
その時々に花を開くのであって、
永続は許されない。

 

生の呼び声を聞くごとに、
心は勇敢に、悲しまずに、
新しい別な束縛に入るように、
別れと再開の覚悟をしなければならない。

 

およそ事の初めには、不思議な力が宿っている。
それが我々を守り、生きるよすがとなる。

 

我々は空間を次々と
朗らかに闊歩せねばならない。 どの場所にも、
故郷に対するような執着をもってはならない。
宇宙の精神は
我々を捕らえようとも狭めようともせず、
我々を一段一段高め、広めようとする。

 

ある生活圏に根をおろし、
居心地よく住み着いてしまうと、
弾力を失いやすい。
発足と旅の覚悟のできているものだけが、
習慣の麻痺作用から脱却するだろう。

 

臨終のときも、なお我々を新たな空間へ向け、
若々しく送ることがあるかもしれない。
我々に呼びかける生の呼び声は、
決して終わることはないだろう。

 

では、よし、心よ、別れを告げ、すこやかになれ!

 

これは僕の、「旅と人生」に対する気持ちをも代弁してくれているという気がする。

 


そして更にイメージは膨らんでいく。目に浮かぶのは山小屋だ。それも夏の山小屋・・・。少年の頃からずっと通い続けた、信州の霧ヶ峰。ほんと、ほぼ毎年、夏に訪れている。

 

今回は、その時に訪れた写真と供に、そんなイマジネーションを綴ってみようと思う。

 

◆「クヌルプ」がシンボルだった

 


木と歴史のぬくもりの中で時を過ごす。長い風雪を耐えてきた重み。沢山の旅人が訪れ去っていった静かな気配。
積み上げられた薪、壁に立てかけられた車輪、ランプ、古い写真、優しい犬etc・・・。

 

外に張り出された簡素なテラスが、今宵かすかな霧に包まれた至福のBARとなった。

 


山小屋(ヒュッテ)が密かなブームを持った時代があった。ペンションというものが流行するよりも、かなり前。
この霧が峰のヒュッテ・クヌルプが、当時その憧憬の的だった。

 

ヘッセの小説の題名から取ったというこの名称。少年時代、最も影響を受け、好んで読んでいたこの作家のイメージ。
それがいつまでも僕の中で、山小屋への郷愁と供にある。

 

◆我が心の花咲く高地

 


花の道は「喜びの丘」と化し、空に続いていく。まるでツェッペリンの「天国への階段」だ。

 


この時期の主役はマツムシソウ。所々にキスゲが残り、シモツケソウが顔を出す。
ヒョウモン蝶やキアゲハが優しく飛び交い、小鳥のさえずりが夏を彩る。

 


ただ昔のこの時期、残念ながら、もっともっと多くの種類が咲き飛んではいたが・・・。

 


少年時代、最初にここを訪れた時の事を、未だに鮮明に覚えている。
都会ではうだるような夏の日、ここだけは凛とした涼やかな光と風に包まれ、自然の気高さすら感じた。それは「下界」 には帰りたくない と思うほどの、強烈なインパクトだった。

 

下界、、ここにいると少年心にも、ホントに都会をそう思えたのだった。。

 


あれから40年以上。その時行った「秘密のトレッキングコース」は、未だに健在だった。
車山から八島湿原へと向かう、誰も知らない、誰も行かない、4時間程の行程。

 

変わること・変えることは、ある部分一番大事なことだけど、一方で、変わらずに昔のままずっとそこにあること。。
この現代では、それもとても重要で貴重なことのように思える。

 

◆荘厳なる朝の大気 

 


早朝3時半起床。顔を洗い頭の芯をすっきりとさせ、ゆっくりと山小屋を出て、湿原に向かう。

 


夏の高原の午前4時。それはとても神聖な時間帯だ。うっすらと霧が出てくる。
尾瀬のように綿帽子をすっぽり被せた様な濃厚なものではなく、ちょっと控えめだが、今年も念願のこれを見れて、まずはほっとする。

 


一瞬のうちに喜びの花を咲かせ、そして駆け足で通り過ぎる高原の夏。
この8月上旬、そのシンボルのような霧ケ峰の地に立っていた。

 


40年にも渡って訪れ続けた、僕にとっては特別な場所。様々な思い出や経験が、記憶の断層のように積もっている。
それを少しずつ削り取って、言葉にしていくのも乙なものかもしれない。

 

そして最後に、、

 

孤独、傷心、叫び、閉塞、反抗、自由、脱出、既成概念へのアンチテーゼ、隠とん・・・。
山小屋も、やはりRockなのだった。。

 

◇ ◇ ◇

 

Rockの概念とは、自分にとって、とても重要なことのように思う。多感な少年時代から学生時代に至る間に、最も影響を受けたムーブメント。
それは一つの音楽ジャンルという枠を飛び越えて、生き方=思想にも繋がっていくもの。

 

そんなイマジネーションの萌芽のようなものが、このブログを通して現れてくれれば、と。

 

当ブログNAVI コロナの影響で、「ソロ旅」が注目される中、僕はもう数十年も前から、この「ソロスタイル」で自由気ままに旅をしてきました。
そんな旅のエキスをオモチャ箱のように、ここに沢山置けたらいいなと思います。そして見に来てくれた方の、何か、これからの「旅のヒント」になってくれれば、と。 

 

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