美しい写真でつづる旅行ブログ|旅と癒しのフォトギャラリー

旅と癒しのフォトギャラリー

2020-10-20信州の霧ヶ峰

山小屋はいつでもヘッセと供に。【信州:霧が峰の追憶】前編


※ヒョウモンチョウの影がハート型になって、ちょっと面白い一枚。

 

夏の高原への旅は僕の定番。でもけっきょく今年も行けず。。でも、この『旅ブログ」がある! その「気分」、その「匂い」、その「イマジネーション」だけでも触れられる。
一年なんていうのは、あっという間だ。と同時に、短い夏も。。

 

だからこそ複数年を、ブログを通して一つのテーブル上に置けると、充実した「夏の流れ」を振り返られる。

 

今回は、ちょっとノスタルジーを感じられる13年前(2007年)に書いた過去ログを通して、「夏と高原と山小屋」をインスパイアしてみたい。

 

◇ ◇ ◇

 


10月も、もう後半。秋から冬への気配が、この東京にも少しずつしのび寄ってくる。でも、晴れた日の太陽の光は、まだまだ力強い。
こんな時期にふっと感じるのは、過ぎ去った「夏の余韻」。

 

夏とは開放された意識のスタイル。そして、喜びに溢れた季節の象徴。
一年中感じていたい♪
しかも、赤道直下の「南の島」をプロモーションしている身。いつでも「夏」にシフトチェンジできる^^

 

そんな中、知り合いのHさんの日記にこんな素敵なフレーズがあった。
自分の中では不思議なタイムリーさがあったので、一部抜粋させてもらおう。

 

ヘッセってRockの人には人気だと思う。steppen wolfだってヘッセの「荒野の狼」から取ったはず。カルマンマキ&OZの「火の鳥」には、『傍に置いたのはヘッセの詩集』という歌詞がある。
ヘッセの詩集じゃなきゃだめなんだよね、あのくだりは。。

 

ん~、ヘッセとRockを結びつけるとは・・・。とっても鋭い感性だと思う。
実は僕の一番好きな作家、一番影響を受けた作家、一番復活できた作家が、このヘッセなのだ。

 

思えば、以前足を運んだ藤原新也氏の写真展で、「ハッ!」と想った写真があった。
中学生ぐらいの少年が、橋の手すりに寄りかかって本を読んでいるモノトーンなシーン。
タイトルは、『一心にヘルマン・ヘッセを読んでいた、あのころ』とあった。

この写真と言葉、、氏の斜めに視点を構え、本質を鋭くエグリ取るような他の作品や言葉とは違い、とてもナチュラルにストレートだったので、その日の展示ではひときわ印象に残ったのだった。

 

「ヘッセと少年」・・・。もうその組み合わせだけで、痛いほど心に突き刺さってくる。まるで自分の少年時代が重ね合わさったように・・・。
一番好きだったのは「デミアン」だったな。

 

そしてHさんの日記には、一編の有名な詩が引用されていた。

 

階 段  ヘルマン・ヘッセ

 

花がみなしぼむように、
青春が老いに屈するように、
一生の各階段も知恵も徳もみな、
その時々に花を開くのであって、
永続は許されない。

 

生の呼び声を聞くごとに、
心は勇敢に、悲しまずに、
新しい別な束縛に入るように、
別れと再開の覚悟をしなければならない。

 

およそ事の初めには、不思議な力が宿っている。
それが我々を守り、生きるよすがとなる。

 

我々は空間を次々と
朗らかに闊歩せねばならない。 どの場所にも、
故郷に対するような執着をもってはならない。
宇宙の精神は
我々を捕らえようとも狭めようともせず、
我々を一段一段高め、広めようとする。

 

ある生活圏に根をおろし、
居心地よく住み着いてしまうと、
弾力を失いやすい。
発足と旅の覚悟のできているものだけが、
習慣の麻痺作用から脱却するだろう。

 

臨終のときも、なお我々を新たな空間へ向け、
若々しく送ることがあるかもしれない。
我々に呼びかける生の呼び声は、
決して終わることはないだろう。

 

では、よし、心よ、別れを告げ、すこやかになれ!

 

これは僕の、「旅と人生」に対する気持ちをも代弁してくれているという気がする。

 


そして更にイメージは膨らんでいく。目に浮かぶのは山小屋だ。それも夏の山小屋・・・。少年の頃からずっと通い続けた、信州の霧ヶ峰。ほんと、ほぼ毎年、夏に訪れている。

 

今回は、その時に訪れた写真と供に、そんなイマジネーションを綴ってみようと思う。

 

◆「クヌルプ」がシンボルだった

 


木と歴史のぬくもりの中で時を過ごす。長い風雪を耐えてきた重み。沢山の旅人が訪れ去っていった静かな気配。
積み上げられた薪、壁に立てかけられた車輪、ランプ、古い写真、優しい犬etc・・・。

 

外に張り出された簡素なテラスが、今宵かすかな霧に包まれた至福のBARとなった。

 


山小屋(ヒュッテ)が密かなブームを持った時代があった。ペンションというものが流行するよりも、かなり前。
この霧が峰のヒュッテ・クヌルプが、当時その憧憬の的だった。

 

ヘッセの小説の題名から取ったというこの名称。少年時代、最も影響を受け、好んで読んでいたこの作家のイメージ。
それがいつまでも僕の中で、山小屋への郷愁と供にある。

 

※後編に続く

 

感想・お問い合わせ