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2020-10-20信州の霧ヶ峰

山小屋はいつでもヘッセと供に。【信州:霧が峰の追憶】後編

※前編からの続き

 

◆我が心の花咲く高地

 


花の道は「喜びの丘」と化し、空に続いていく。まるでツェッペリンの「天国への階段」だ。

 


この時期の主役はマツムシソウ。所々にキスゲが残り、シモツケソウが顔を出す。
ヒョウモン蝶やキアゲハが優しく飛び交い、小鳥のさえずりが夏を彩る。

 


ただ昔のこの時期、残念ながら、もっともっと多くの種類が咲き飛んではいたが・・・。

 


少年時代、最初にここを訪れた時の事を、未だに鮮明に覚えている。
都会ではうだるような夏の日、ここだけは凛とした涼やかな光と風に包まれ、自然の気高さすら感じた。それは「下界」 には帰りたくない と思うほどの、強烈なインパクトだった。

 

下界、、ここにいると少年心にも、ホントに都会をそう思えたのだった。。

 


あれから40年以上。その時行った「秘密のトレッキングコース」は、未だに健在だった。
車山から八島湿原へと向かう、誰も知らない、誰も行かない、4時間程の行程。

 

変わること・変えることは、ある部分一番大事なことだけど、一方で、変わらずに昔のままずっとそこにあること。。
この現代では、それもとても重要で貴重なことのように思える。

 

◆荘厳なる朝の大気 

 


早朝3時半起床。顔を洗い頭の芯をすっきりとさせ、ゆっくりと山小屋を出て、湿原に向かう。

 


夏の高原の午前4時。それはとても神聖な時間帯だ。うっすらと霧が出てくる。
尾瀬のように綿帽子をすっぽり被せた様な濃厚なものではなく、ちょっと控えめだが、今年も念願のこれを見れて、まずはほっとする。

 


一瞬のうちに喜びの花を咲かせ、そして駆け足で通り過ぎる高原の夏。
この8月上旬、そのシンボルのような霧ケ峰の地に立っていた。

 


40年にも渡って訪れ続けた、僕にとっては特別な場所。様々な思い出や経験が、記憶の断層のように積もっている。
それを少しずつ削り取って、言葉にしていくのも乙なものかもしれない。

 

そして最後に、、

 

孤独、傷心、叫び、閉塞、反抗、自由、脱出、既成概念へのアンチテーゼ、隠とん・・・。
山小屋も、やはりRockなのだった。。

 

◇ ◇ ◇

 

Rockの概念とは、自分にとって、とても重要なことのように思う。多感な少年時代から学生時代に至る間に、最も影響を受けたムーブメント。
それは一つの音楽ジャンルという枠を飛び越えて、生き方=思想にも繋がっていくもの。

 

そんなイマジネーションの萌芽のようなものが、このブログを通して現れてくれれば、と。

 

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